

第5回
体内時計の話
体内時計を正しく動かして、
24時間の健康リズムを
早稲田大学 理工学術院先進理工学部電気・情報生命工学科 早稲田大学先端生命医科学センター長
柴田重信 教授
いつ、何を、どのくらい食べるか、
体内時計に関わる「時間栄養学」
体内時計を正しく働かせるための1日の食事とはどのようなものでしょうか?
1200人を対象とした1日を100%にした時の各食事の割合(%)

朝はしっかり、夜は控えめにした方がよいのはなぜでしょうか?
柴田教授
朝食は体内時計のリセットにも重要ですし、日中のエネルギー源となって活動性を高めてくれます。いっぽう、私たちの体は体内時計の働きによって、夜間には体に蓄積された脂肪を燃焼する仕組みになっているため、夕食でのエネルギー補給は日中ほどには必要ありません。極端にいえばむしろ夜は食べなくても良いくらいなのです。ところが、夜の比重が大きい食生活で、たくさん食べてしまう。すると脂肪が燃えない上、さらに消費できないエネルギーが脂肪として蓄積されてしまいます。いわば“ムダ食い”ですね。同じ食事量でも夕食でとる方が太りやすいですし、夜間に高い血糖値が続けばインスリンを無理に働かせることになり、糖尿病のリスクも高めてしまいます。
1日分の栄養をどこかでとれば良いというわけではないのですね。
柴田教授
1日の量で帳尻を合わせようという考え方はやめるべきで、いつ食べるかにもっと配慮が必要です。特に朝食の大切さに気づいてほしいですね。
朝食の栄養面はどこに気を配れば良いのでしょうか?
柴田教授
体内時計をリセットするためにインスリンの出やすい食事、すなわち血糖値を上げる炭水化物が必要であることに加えて、たん白質を多くとるようにしたいものです。というのも特に高齢者ではインスリンの働きが弱くなる傾向があり、これが同時に体内時計のリセット効果を弱めてしまうのですが、それを補うのがたん白質というわけです。たん白質をとることによって、インスリンとよく似た構造のIGF-1というホルモンが分泌されます。これが体内時計のリセット効果をもっていると考えられているのです。ですから、炭水化物とたん白質の両方を十分にとれば、体内時計には万全な食事だといえるでしょう。
また、炭水化物に偏った食事は血糖値を急激に上げすぎてしまうため、それを抑える意味でも、たん白質や脂質もバランス良くとることが肝心です。

朝食にはたん白質が必要なのですね。
柴田教授
朝にたん白質をとるべき理由は他にもあります。たん白質は筋肉をつくるために必要な栄養素ですが、1日のうちでも特に朝にとるとその効果が高いことがわかっています。
たん白質の摂取と筋肥大率

成長期の子どもにとっても、お年寄りが筋肉を維持するためにも朝のたん白質が大切です。 ところが、実情はどうかといいますと、食事量の比率同様に朝食のたん白質が足りていないという状況です。一般的に体重1kgあたり1gのたん白質が1日に必要で、60kgの人なら60gになりますが、これを3食に分けて20gずつとれているかを調べた調査によると、朝は足らず夜が多すぎる人が多い。これではせっかく食べても、筋肉のために有効活用されていないといえます。例えば夕食の肉製品の一部を朝に持っていくとか、朝の食卓に乳製品や大豆製品を増やすなど、積極的にとることを心がけたいものです。
3食ごとのたん白質摂取不足率(%)

コラム 2フィットネスクラブは帰宅前に
光と食事以外で体内時計の針を動かすもう一つの要素、それが運動です。これまでの研究では体内時計への作用は食事ほど強くないとされていますが、運動する時間を考えないと体内時計を乱すことにもなりかねないといいます。「夕食後の運動はお薦めできません。通常、夜10時くらいには睡眠ホルモンのメラトニンが分泌されて身体が寝る準備をし始めますが、そのくらいの時間に明るい光を浴びながら体を動かしてしまうとメラトニンも出にくくなり、時計を後ろにずらし夜型化を進めてしまいます。フィットネスクラブに行くなら帰宅中に寄り道しましょう」と柴田先生はアドバイスします。
体内時計は健康のための重要なキーワードの一つであることがわかりました。
今後の研究にも大いに期待します。
柴田教授
体内時計の観点から、個々人で異なる生活サイクルやスタイルに合わせたサポートをすることも今後の課題だと考えています。例えば24時間の血圧や血糖値測定機器を駆使したり、AI技術などもとり入れながらきめ細かく一人ひとりの状態を把握して、無理なくより健康になれるようなアドバイスができることを目指しています。

本日はたいへん興味深いお話をありがとうございました。
取材日:2018.3.29
柴田重信 教授
早稲田大学 理工学術院先進理工学部電気・情報生命工学科 早稲田大学先端生命医科学センター長


略歴
- 1976年 3月
- 九州大学薬学部 卒業
- 1981年 3月
- 九州大学薬学研究科 博士課程 単位取得退学
- 1981年 4月
- 日本学術振興会 奨励研究員
- 1982年 1月
- 九州大学薬学部助手
- 1982年 2月
- 薬学博士(九州大学)
- 1985年11月
- ニューヨーク州立大学、Research Associate
- 1987年11月
- 米国より帰国
- 1995年 1月
- 九州大学薬学部助教授(薬理学)
- 1995年 4月
- 早稲田大学人間科学部、助教授
- 1996年 4月
- 早稲田大学人間科学部、教授
- 2003年 4月
- 早稲田大学理工学部、電気・情報生命工学科、教授
- 2006年 4月
- 早稲田大学先進理工学部、電気・情報生命工学科、教授
- 2009年 4月~
- 東京農工大、客員教授
- 2011年 6月~
- 東京女子医大、客員教授
賞罰、学会
- 1994年
- 日本薬学会学術奨励賞受賞
- 2004年~
- 日本時間生物学会理事(副理事長)
- 2016年~
- 時間栄養科学研究会会長
- 2016年
- 食創会「第20回安藤百福賞 優秀賞」(公財)安藤スポーツ・食文化振興財団
取得免許
- 1981年9月
- 薬剤師(158311)
- 1982年5月
- 臨床検査技師
マウス、ヒトを研究対象として、体内時計と健康にかかわる分野の研究を行っている。特に、薬や食・栄養、運動のタイミングと肥満との関係の研究、あるいは、シフトワークや時差ボケと体内時計の関係やその軽減方法の開発などの研究を、内閣府のSIP,基盤研究(S)の代表者で推進。
解説書
「2016年」、読売新聞「気軽な24時間型ジム」2016年11月9日、文春ムック「人生をかえる!食の新常識」2016年10月26日、日経ヘルス「朝&夜カラダ習慣」2016年9月、日経WOMAN「絶品朝ご飯」2016年11月27日、週刊文春、「「朝食抜き」はこんなに危険」、Just Health361号(P.14-18)、「食事のタイムテーブルで健康度に差をつける」、日本抗加齢医学会雑誌12巻3号(P.75-80)、「朝食を摂る?摂らない?」、2016年発刊、食品と開発51巻1号(P.4-6)、「体内時計と脂質栄養学」、日経WOMAN394号(P.76-91)、「朝ごはんの新習慣」、ブルーライトテキストブック 坪田一男監修 金原出版株式会社(P.132-138)、「4-4食事と時計」、こどもの栄養、第728号(P.4-10) 「時間栄養学を考えた食生活―朝食の効用―」

柴田教授
以前の栄養学は1日にこれくらいの栄養をとりましょうといった示し方でしたが、そこに時間の概念をとりいれた「時間栄養学」が提唱されるようになり、体内時計との関わりも含めた食生活の改善点が挙げられるようになってきました。その中でも大きな課題の一つが食事の偏りです。一般的に夕食偏重になりがちで、例えば私たちが以前に行った調査では朝、昼、夕の食事量の比率が若い男性では2:3:5という結果がみられました。他の世代を含めて全般的に朝は食事量が足りず、夜は過剰という傾向にあります。この偏りを逆にして朝にたくさん食べるのが理想ですが、一般に夕食をしっかり食べる習慣が根強いですから、せめて朝3:昼3:夕4くらいのバランスにしたいものです。