エキスパートに学ぶ 第5回 体内時計の話

第5回

体内時計の話

体内時計を正しく動かして、
24時間の健康リズムを

早稲田大学 理工学術院先進理工学部電気・情報生命工学科 早稲田大学先端生命医科学センター長

柴田重信 教授

2017年のノーベル生理学・医学賞は「体内時計」の研究において遺伝子レベルでのメカニズム解明に功績を残したアメリカの研究者3名に授与されました。この受賞で、体内時計の存在やその重要性が広く一般にも知られるようになり、健康との関わりからも関心が高まりつつあります。今回の知識ライブラリーでは体内時計とはいかなるものか、また体内時計の観点からみた望ましい食生活などについて、この分野を30年以上にわたって研究されてきた早稲田大学の柴田重信先生にお話を伺いました。

植物からショウジョウバエ、そしてヒトへ。
体内時計をめぐる研究の歴史

ノーベル賞受賞で体内時計が脚光を浴びていますが、この分野の研究はどのように進展してきたのでしょうか?

柴田教授

体内時計研究の始まりは1700年代にフランスの天文学者ドゥ・メランが行った植物(ミモザ)の研究といわれています。ミモザの葉は昼間に開き、夜間に閉じる性質をもっていますが、ドゥ・メランは、暗い場所に置いたミモザでも太陽光の下にあるのと同様に昼夜の時間経過に対応して葉の開閉を繰り返すことを確認し、これは太陽という外部要因に影響されていないものと考えました。

この現象に対して、植物自体に内在する「時計」がリズムを刻んでいるという考え方が示されたのは約200年後の20世紀のことで、1960年代には人間も同様に約24時間周期で行動するリズムを持つという研究結果が報告されました。以降研究が進み、84年に今回のノーベル賞受賞となったショウジョウバエでの時計遺伝子「period」の特定へと繋がっていきます。

その後哺乳類でも研究が進み、時計遺伝子が発見されたのですね。

柴田教授

私自身も哺乳動物における研究に携わってきましたが、初めての論文を発表したのは、1982年のことでした。当時から体内時計の本体と考えられていたマウスの脳の中のこうじょうかくを体外に取り出し、スライス切片にした細胞が時を刻むかどうかを調べる研究で、結果、その細胞は体外でもリズムを維持することが確認され、時計の本体であることを証明しました。この論文は哺乳類の体内時計研究として世界から注目され、現在も多く引用されています。

ショウジョウバエから十数年を経て、97年にはヒトを含めた哺乳類の時計遺伝子「clock」が米国の研究者によって発見されました。さらにこの遺伝子は視交叉上核だけでなく、体内の他の部位にも存在していることが解明され、体内時計の研究は大きな広がりをもって、現在まで様々な応用研究が進められています。

コラム 1なぜ生き物は時計を持つようになったのか?

人間を含めた多くの生物が遺伝子レベルの「時計」を備えているというのは、自然界の神秘を感じさせる話です。いったいなぜ、体内時計が生まれたのでしょう? これについて柴田先生は「地球の自転に合わせて生物が獲得した適応現象であり、時計を持った方が生き残る上で有利だったのだろう」と話します。それを説明する興味深い例がバクテリアです。一般的にこの仲間は体内時計を持ちませんが、シアノバクテリアという特殊な種だけは例外。それは、このバクテリアが光合成によって生きているため、昼夜の変化に合わせて活動できた方が有利だったからだと考えられています。体内時計は地球で生きていくための進化の賜物だったというわけです。

朝の体を目覚めさせ、夜に休息するリズムも
体内時計があればこそ

そもそも体内時計ってどんな時計なのでしょうか?

柴田教授

時計といったときには、24時間の時計ばかりでなく広い意味ではストップウォッチも、月ごよみも時計といえますね。また、体の中では心臓のようにリズム性をもった制御がみられ、これも時計の一種といえるかもしれません。ただ、私たちが体内時計と呼ぶものは時計遺伝子が制御する「概日リズム(サーカディアンリズム)」という1日の時間を刻む時計になります。

時計遺伝子は脳だけでなく全身に存在するということですが、それぞれの部位に別々の時計があるということでしょうか?

柴田教授

そうですね。体内時計は一つでなく、様々な部位で動いています。先ほど述べた脳の中の視交叉上核にある時計がいわば親時計であり、全身をコントロールしています。その他の臓器や末梢組織の各所にある子時計はそれぞれの役割に応じて時計制御を行っています。つまり、体の中では親時計とたくさんの子時計がそれぞれ動いている状態にあるのです。

体内時計はどのように機能しているのでしょうか?

柴田教授

親時計である視交叉上核は、体を昼夜の活動に適した状態に整えるための指令を出す働きがあります。一例を挙げると、朝目を覚ます少し前に脳下垂体を制御して副腎皮質刺激ホルモンの分泌を促します。このホルモンが副腎に働くと、副腎ではコルチコステロンというステロイドホルモンを出すのですが、これは血糖値を上げる働きをもっています。加えて、視交叉上核は起床前に交感神経系を高める指令を出します。交感神経は血圧を上げるなど身体活動を高める神経であり、これによっても血糖値が上昇します。

なぜこのような仕組みがあるかというと、血糖値は睡眠中に下がっていますので、朝起きてすぐ活動するためにはこれを上げておかないといけません。コルチコステロン等をよく「朝ホルモン」と呼んだりしますが、体内時計の制御によって朝ホルモンが出されることで、活動する準備ができるのです。一方、夜になると親時計は逆に睡眠を促すような働きをします。体の活動レベルを低くして睡眠に導く作用をもつメラトニンを分泌させるのも視交叉上核の指令によるものです。つまり、体内時計が体に朝ですよ、夜ですよと教えているのです。

「子時計」の方はどんな働きをしているのでしょう?

柴田教授

それぞれの臓器や組織の時計は、その役割に応じた時間制御を行っています。例えば容易に想像できるのは腎臓です。昼間にはよくトイレに行きますが、夜間はあまり行かなくなりますね。これは血液中の老廃物等を精製して尿をつくるという腎臓の機能が、時間によって制御されているからなのです。また、細胞分裂の周期にも時計制御が働いていて、例えば皮膚の再生などにも関与していると考えられています。