エキスパートに学ぶ 第2回 「糖化」は「老化」

第2回

「糖化」は「老化」

アンチエイジングに効果的な生活とは?

同志社大学 生命医科学部 糖化ストレス研究センター

八木雅之 チェア・プロフェッサー教授

雑誌やテレビ、また薬局の店頭などで最近「糖化」という言葉をよく目にするようになりました。私たちの健康に直結するという糖化とはいったいどのようなものなのか、そして老化と深く関わっているという糖化ストレスについて、この領域を長年研究されている同志社大学の八木先生にお聞きしました。

食品を色づけ、おいしそうに見せる「糖化反応」も
体の中ではダメージを与えてしまう困りもの

まず「糖化」とは何かについて教えていただけますか?

八木教授

例えば、中華料理の北京ダックを思い浮かべてみてください。こんがりとした飴色がいかにも美味しそうに感じられますが、これが身近な糖化反応の一例です。つまり、糖とたん白質に熱が加わることで結びつき、見た目が褐色に変化することを「糖化」といいます。この場合でいえばアヒルの肉に糖の液をかけて、じっくり加熱したことで肉に糖化反応が起きているのです。そもそもこの反応は1912年にメイラードという名前のフランスの科学者によって発見され、メイラード反応として知られてきたもので、食品加工の上では風味付けや色付けなど様々に有効利用されてきました。

糖化が私たちの体にも関係あるのでしょうか?

八木教授

はい、大いに関係があります。糖化は体の中でも起こる反応です。つまり、食事でとり込まれた糖質(炭水化物)は血液中のブドウ糖=血糖になります。これが、体の各組織をつくるたん白質とともに体温によって加温されることでゆっくり結合し、食品と同じように糖化反応が起きるのです。糖化は食品加工の上で利用価値の高い化学反応です。しかし困ったことには、これがひとたび体の中で起きてしまうと、様々なダメージを与えてしまいます。

体の中で糖化が起こると、どのような変化が現れるのでしょうか?

八木教授

体の組織をつくるたん白質に変化が起こり、食品同様に茶色くなります。また組織が硬く、もろくなるため、たん白質の機能にも影響が現れます。最終的には糖化反応によって糖化最終生成物・AGEs(エイ・ジー・イーズ/advanced glycation endproducts)が生成します。AGEsとは、1つの物質の名称ではなく様々な種類の化合物の総称ですが、これが一旦できてしまうと元には戻らず、体に蓄積されていって、それがさらに悪影響を与えてしまうことになります。体内の糖化では、このような現象が起きて、健康面あるいは美容面でも様々な問題を引き起こしてしまいます。

そういった体に悪影響を与える糖化反応を「糖化ストレス」というのですか?

八木教授

そうですね。AGEsは糖の影響だけでなく、飲酒や喫煙、脂質の過剰摂取といった様々な要因によっても生成されることがわかっています。また、酸化ストレスや紫外線によって糖化反応が促進されたりもします。このため私たちは、AGEsの生成や蓄積による影響を総合的に捉えた概念のことを「糖化ストレス」と呼んでいます。

生活習慣病の原因になるなど、
全身に現れる糖化ストレスの影響

糖化ストレスによる体への悪影響とはどのようなものですか?

八木教授

変化を目で見えるようにしたモデルで説明しましょう。下の写真は、牛のアキレス腱(コラーゲンのかたまり)を溶液に浸したもので、2つの容器のうち、右側がブドウ糖を入れた糖化モデルです。これを60℃の温度で温めていくと、ブドウ糖を加えたものは日数が経過すると茶色く変わっていくのがわかります。これが目に見える糖化の進行です。

牛アキレス腱の糖化(糖化モデル)

10日後にこのアキレス腱を取り出してみると触っただけで糖化モデルの方が硬くなっていると感じられます。機器を使って計測してみると下のグラフのように、明らかに糖化モデルの方が硬くなっていることがわかりました。また、AGEsの蓄積量も糖化モデルの方が圧倒的に多いことがわかりました。

さて、このように茶色になる、硬くなる、AGEsが蓄積するという変化が人の体内で起こってくるとどうなるのか、各部位の変化を挙げてみましょう。

皮膚色の変化

たん白質が茶色くなる変化は皮膚の黄褐変としてあらわれます。つまり肌のクスミ(黄ぐすみ)が進んでしまうことになります。

肌の弾力・ハリがなくなる

皮膚を構成するコラーゲン繊維を顕微鏡レベルで見ると“三重らせん構造”を持っています。コラーゲンは、このバネ構造によって弾力を維持しています。しかし、コラーゲンたん白が糖化すると、繊維と繊維の間をつなぐ “悪玉架橋”とよばれる邪魔物が無秩序に形成され、繊維でできたバネ構造がガチガチに固定されてしまいます。その結果、繊維の可動性やしなやかさが失われ、弾力性が低下しハリがなくなって、硬くなってしまいます。

動脈硬化の原因に

いわゆる悪玉コレステロールであるLDL-Cは、通常なら白血球のマクロファージが食べて分解し、消してくれます。しかし、LDL-Cが糖化してAGEsが溜まった状態になるとマクロファージが食べても分解しきれずに“泡沫細胞”という状態になって血管の内壁に蓄積します。これがアテロームという粥状の塊を形成して動脈硬化を招いてしまいます。

組織の炎症

糖化によってできてしまったAGEsは、蓄積するばかりでなく、“RAGE(レージ)”と呼ばれるAGEsの受容体と結合し、炎症を引き起こす物質(炎症性サイトカイン)を生み出します。これにより、組織は炎症を起こしやすい状態になってしまいます。

この他にも、骨で糖化が起これば骨粗鬆症、脳でのAGEs蓄積がアルツハイマー病にも関与するなど、糖化ストレスは全身に影響を及ぼし、生活習慣病や老化につながっていくものと考えられています。

体の糖化は様々な疾患に関わっているのですね。ところで、病気と糖というと糖尿病が連想されますが、糖尿病と糖化ストレスはどのように関係しているのでしょうか?

八木教授

糖尿病は糖の代謝機能が低下して血糖値が一定の基準を超えて高い状態を示す病気ですから、高い血糖値が糖化を促進し、末梢神経障害や腎症、網膜症といった合併症を進行させてしまいます。糖尿病における糖化の進展はとても深刻な問題と言えるでしょう。糖尿病の予防、治療の基本は血糖コントロールであり、それは糖化ストレスへの対策と重なるものです。つまり、アンチエイジングにおける糖化ストレス対策は、糖尿病の予防に直結するのです。