エキスパートに学ぶ 第14回 眼の病態と予防

第14回

眼の病態と予防

クリアな水晶体で維持する
人生100年時代の視力

慶応義塾大学薬学部
専任講師

中澤洋介 先生

年齢を重ねるにつれ体には様々な不調が現れるものですが、眼についても「老眼」をはじめとする症状で多くの方が悩みを抱えているかと思います。医薬品や手術の進歩により視力改善の可能性が増す一方、パソコンやスマートフォンの使用時間が増え、常に眼が酷使される毎日において、その不調はより切実なものとなっています。健康寿命を考える上でも重要な眼の加齢変化、さらに病気や治療について、新しい点眼薬の可能性を追究している中澤先生に伺いました。

【中澤先生の研究について】
いつまでも自分自身の水晶体で生きるために

中澤先生が眼の研究を始められたきっかけと研究内容について教えてください。

中澤先生

もともと私が眼を研究するようになったきっかけは、大学院時代に水晶体のことを調べ始めたところに遡ります。水晶体は血管もなく神経も通っていませんが、厚さを調節しながら遠くを見たり、近くを見たりできる。これはすごい組織だと興味が湧き、そこから水晶体の勉強を始めて研究テーマとして取り組むようになった次第です。
眼、耳、鼻などの感覚器のなかで、人は8〜9割の情報を眼から得ているといわれます。それくらい重要な器官であるにも関わらず、日頃私たちは眼に感謝することなく、酷使しているのではないでしょうか。眼の大事さに気づくのは、視界が曇ったりして眼が見えにくくなった時でしょう。そんな症状を起こす病気の一つ、白内障では眼が濁り、視機能が非常に低下します。私がいま取り組んでいるのは、白内障を未然に防ぐあるいは進行を遅らせることを目指したプロジェクトです。白内障に使用できる医薬品はまだ少ないのですが、この疾患が発症する前に現れる症状を探り、そこに働く医薬品を投与したり、サプリメントを使ったりすれば、結果的に白内障の進行を遅くすることができるのではないか、という考え方で取り組んでいます。私たちは80歳くらいでほぼ全員が白内障になるといわれています。日本の平均寿命を考えると、8割から9割の人が白内障になってしまうわけです。その状況を変え、最期まで自分の健康な水晶体で生きられることを願って研究を進めています。

水晶体の働きとはどのようなものでしょうか?

中澤先生

虫メガネを思い浮かべるとわかりやすいのですが、遠くを見るには薄い虫メガネを使い、逆に近くを見るには分厚いものを使いますね。この厚みの違いを担っているのが水晶体です。ものが見えている時の眼の状態というのは、前方から光が入って来ると、まず角膜で多少光が屈折し、さらに水晶体でしっかりと屈折して網膜にピッタリと焦点(ピント)を合わせます。この時に水晶体は厚みを調節して屈折率を変えるので遠くを見たり、近くを見たりすることができる。これが眼の仕組みです。そして網膜に届いた光の刺激は電気信号に変えられて視神経から脳に伝わり、「見える」という視覚として感じられるのです。

水晶体の動き

【加齢と眼の病気】
長年の光による酸化がトラブルの原因に

眼の病気、なかでも高齢の方に関わりの多い緑内障、白内障、老眼について教えてください。

緑内障

中澤先生

緑内障は眼の圧力、つまり眼の内部から外側にかかる圧力「眼圧」が上がり視神経が圧迫されて障害を起こすことで、視野が混濁したり狭まってきたりする病気です。これには「房水」という眼の中を流れる液体が関係しています。房水は血液が濾過されてできた透明な液体で、房水に含まれる成分は水晶体や硝子体の栄養素になるなど、眼にとって重要な働きをもっています。しかし、房水の産生が過剰になってしまったり、排泄に異常が起こったりすると眼圧がグッと上がってしまい、それが緑内障の原因となってしまうのです。
ただし、近年は眼圧が正常な「正常眼圧緑内障」の患者さんが増えていて、眼科で調べても眼圧は正常であるにもかかわらず、緑内障の症状である視野狭窄等の症状を訴える方が目立つようになってきています。

緑内障の見え方(イメージ)

白内障

中澤先生

水晶体がたんぱく質の変性により白く濁り、視機能の低下をきたすのが白内障です。なぜ、濁ってしまうかというと、前述の通り水晶体は光を通して屈折させるという役割を担うため、常に紫外線にさらされています。そのため、光酸化という酸化ストレスを受け続けており、加齢とともに酸化が進みたんぱく質の変性が起きると考えられます。
白内障は水晶体の中央から濁るタイプ、周りから濁るタイプなど、どの部分が濁るかによっていくつかのタイプがありますが、放置すれば進行し、失明にまで進む場合もあります。我が国においては手術の普及もあり白内障による失明は失明全体の3%程度ですが、海外では眼科医療にアクセスしづらい国などで失明が多く見られ、世界的には後天性の失明の原因は半数以上が白内障だとされます。

白内障の見え方(イメージ)

コラム 1透明から白へ、水晶体の変化はゆで卵のイメージ

中澤先生によると、水晶体は試験管に入れてすりつぶすと真っ白になるほどたんぱく質が高濃度に含まれている組織だといいます。それが透明性を維持できているのは、水晶体の中でたんぱく質がきちんと整理、配列されているため。ですからちょっとした引き金でたんぱく質同士が凝集し、変性してしまうことで白くなるのです。ゆで卵を思い浮かべてください。たんぱく質の多い透明な白身が熱によって真っ白になってしまいますね。これも変性反応であり、水晶体が濁るのもそんなイメージに近いといえます。
水晶体に含まれているたんぱく質の多くは「クリスタリン」と呼ばれ、これはさらにα、β、γの3種に分類されます。このうちα-クリスタリンにはシャペロン機能といって他のたんぱく質の凝集をほどく機能をもっています。この働きによってβやγが凝集し変性しようとするのを元に戻し、白く濁るのを防止していますが、その機能が追いつかなくなるほど変性が進んでしまうと白内障を招いてしまいます。

老眼

中澤先生

ご存知のように老眼は近くが見えにくい症状として現れます。その主な原因は水晶体の弾性度(柔らかさ)が下がる、つまり硬くなることです。もともと水晶体は例えればソフトテニスのボールのような柔らかい状態であり、その外側にある毛様体筋という筋肉が緊張あるいは弛緩することで水晶体の厚みを調節し、近くを見る時は厚く、遠くの時は薄くしてピントを合わせています。しかし、加齢により抗酸化能が落ち、たんぱく質の凝集が進むなどして水晶体が硬くなってしまうと、この調節がうまくいかなくなり、近くを見る際に水晶体を厚い状態にできなくなってしまいます。弾性度は10代から少しずつ下がり始め、40〜50歳くらいから急激に悪くなり50代後半にはみなさん老眼を意識するようになります。老眼を招く原因は水晶体だけでなく毛様体筋や眼の絞りにあたる虹彩も関与しているのではないかという議論もあり、研究が進められています。

老眼の見え方(イメージ)

他にも加齢の影響による眼の病態はあるのでしょうか?

中澤先生

加齢黄斑変性という病名そのものに加齢という言葉の付いた網膜の病気がありますし、飛蚊症(ひぶんしょう)という眼の前を蚊が飛んでいるように見える症状の病気は、眼の硝子体というゼリーのような状態の部分から水が分離し、それが視界の中でふわふわと動いて見えるものですが、この硝子体の変化も加齢の影響によって引き起こされるものの一つです。

飛蚊症の見え方(イメージ)

【社会の変化と眼の関係】
便利なスマートフォン生活の陰で眼には大きな負担が

新型コロナウイルスによるパンデミックが老眼人口の増加を招いているという話も聞きますが、これは事実でしょうか?

中澤先生

増加したと断言するのは時期尚早に思います。例えばブルーライトが眼に悪いといわれて15年くらい経ちますが、そのエビデンスはやっと最近集まってきましたから、コロナについても検討できるデータが揃うのはまだ先となるでしょう。ただ、様々なところから若い人でも高い度数のメガネで矯正するケースが増えたという声を聞きますし、同様の論文も出ています。コロナ禍では高齢の方が病院の受診を控えていたにもかかわらず、全体的な矯正の度数が上がったという報告もあり、感触としては老眼が進んでいるという印象です。日本を含む世界のほとんどでステイホームし、リモート勤務やオンライン授業でパソコンやスマートフォンの画面を見つめる時間が一斉に増えたわけで、これは世界全体で臨床試験を行っているようなものですから、近い将来に影響が明らかになってくるでしょう。

この十年くらいで普及が進んだスマートフォンの影響はいかがでしょうか?

中澤先生

最近は「スマホ老眼」という言葉も出てきて、その病態は老眼と必ずしも一致はしないものの、近い症状が若い人にも見られています。スマートフォンを見る際に、あまり瞬きもせずに手元を凝視し、それを長時間続けることで眼を疲れさせているのが要因でしょう。私たちが子供の頃は、テレビは何メートル離れて明るいところで見ましょうとか、何分以内にしましょうとかいわれたものですが、いまやパソコンやタブレット、あるいはスマートフォンは一人一台。見ようと思えば延々と見ていられる環境になり、それが眼によくない状況をつくっています。ですから今の若者が50歳、60歳になった時、眼科疾患の患者数の割合が今とはガラッと変わっている可能性もあるかと思います。
ただし、みんなが眼の大事さにもっと意識を向けられれば、知恵を出し合って、眼に優しいデバイスであるとか、アプリであるとか、新しいタイプのメガネやコンタクトレンズがつくられて、電子機器から眼を守るための環境が整っていく可能性もあるでしょう。