エキスパートに学ぶ 第13回 冷凍の科学

第13回

冷凍の科学

冷凍食品のめざましい進歩を支える氷点下の
サイエンス

東京海洋大学 産学・地域連携推進機構
サラダサイエンス寄附講座 特任教授

鈴木徹 先生

日本において1960年代以降に広く普及し始めた冷凍食品は、今や私たちの食生活に欠かせない製品となり、美味しく、便利に日々改良されてきました。しかし、これを支えている冷凍の科学や技術については知る機会が少ないもの。そこで今回は、そもそも食品が凍るとはどのようなことか、冷凍させてもおいしさを保つためにどんな工夫がされているのかについて、この分野の第一人者である鈴木徹先生にお話を伺い、科学の目でアプローチしてみました。

【鈴木先生が携わる冷凍の研究】
食品冷凍に関わりの深い「ガラス転移」を大きなテーマに

近年たいへん注目されている冷凍食品ですが、鈴木先生はこの分野でどのように研究を進められてきたのでしょうか?

鈴木先生

大学の職に就いてから冷凍についての研究を任せられまして、関連する現象や食品成分との関係、また具体的な冷凍などに派生しながら進めてきたという経緯があります。研究を始めた頃に、イギリスで学ぶ機会をいただいたのですが、その時に「ガラス転移」という現象についての知識を得て、それが後の研究に大きく関わるようになりました。食品をマイナス温度に下げていくと水分は氷になり、他の成分は濃縮されていくのですが、ある温度以下になると食品成分も急にカチッと固まるのです。つまり、粘り気のある液体状態が固体に変化する。これがガラス転移、あるいはガラス化です。実はこの現象が食品の冷凍保管ではたいへん重要になってきます。濃縮された食品成分は液体のままですと分子が動いていて様々な反応が進んでしまう状態で、つまり劣化が進行することになります。一方、ガラス転移して固体になると、その瞬間に分子の動きが止まるんですね。すると、劣化が抑えられて、非常に保存性が上がります。ガラス転移は食品の冷凍保管にメリットをもたらすとして着目し、これに関連した研究を続けてきました。

ガラス転移といえば、トレハロースの特徴としても知られている現象です。

鈴木先生

そうですね。ガラス転移には様々な糖類が関係しており、その中でトレハロースも深い関連がみられましたので、私の研究対象の一つになりました。例えば、魚のすり身に混ぜて冷凍することでたんぱく質の変質を抑え、かまぼこの原料として使えるようになる、あるいは冷凍フライに混ぜることで解凍時にカリッとした感じを復元できるようになる、そういった効果にトレハロースなどの糖類が関わり、ガラス転移を促進しているということも研究の中でわかってきたことです。

現在はどのような研究に携わっていますか?

鈴木先生

近年は野菜の冷凍に関する研究、具体的には冷凍した野菜を解凍するとフニャッと柔らかくなってしまいますが、そういった現象の解明などに携わっています。また、現在一番注目しているのは解凍時に食材に起きる様々な変化です。そこには酵素が関わっていて、解凍中にその働きが活発になると食品の劣化が進んでしまいます。これをいかに抑えるか、解凍のプロセスに注目し、そのメカニズムを明らかにしようという研究も進めています。

コラム 1低温の中で液体から変化する「ガラス」とは?

鈴木先生が食品の冷凍において重要という「ガラス転移」ですが、そもそもガラスとは何かご存知ですか?本シリーズ第8回でもご紹介したように、ガラスとは、物質が温度低下や水分含量の減少によって柔らかい状態から固体になったものを指します。具体的には、ガラスに同じく固体状で知られる結晶は、単一の分子が整然と並んで固まりますが、一方でガラスは他の分子を巻き込みながら分子同士がランダムに折り重なって固体になります。ガラスと聞いて思い浮かべる窓ガラスのガラスも、熱すれば柔らかくなるケイ素という物質が冷えて固まったもの。同様に食品成分である糖類やたんぱく質も濃縮や冷却によってガラス転移が起こり、安定した固形状態になります。
冷凍保管におけるガラス転移との関わりを示す一つの例があります。マグロの冷凍保管では-60℃まで温度を下げないと独特の赤い色を保てないことが知られています。実はその理由はハッキリと解明されていませんでしたが、鈴木先生の研究の中でわかってきたのは、濃縮されたマグロの成分は非常に低い温度によってガラス転移する。それによって変色が抑えられていると考えられる。いつも美しいお刺身が食べられるのはガラス状態での保管に意味があったのかもしれません。

【食品が凍るプロセス】
知っているようで知らない、「食品が凍る」ということ

食品を凍らせた時、そこで何が起きているかを教えていただけますか?

鈴木先生

食品が凍るというのは、すなわちそこに含まれる水分がマイナス温度にもっていくことで氷に変化するということです。ただ、水が凍るといっても、食品中では必ずしも0℃では凍らないことが知られています。これを「凝固点降下」といって、例えば食塩水を冷やしていっても0℃よりもっと低い温度にしないと氷にならない現象は皆さん中学校の理科でも勉強したと思いますが、各種の食品も0℃では凍らず、そこに含まれる成分によって、凍る温度には違いがみられます。
食品の温度を下げていくと、食品成分の周りの自由水と呼ばれる水分から氷の粒が発生します。冷却を続けていくと水分のほとんどは氷になり、凍っていない部分は濃縮されてゆきます。
(図引用:冷凍食品の基礎知識,日本栄養士会雑誌.vol61)

食品の水分が氷になってゆく過程

温度の下げ方によって氷のでき方に違いがあるのでしょうか?

鈴木先生

水が凍るには、そこに核が必要になります。いわば“氷の種”ですね。核ができ、そこに水の分子だけが集まってきて、氷の粒(氷結晶)がゆっくりと大きくなっていくプロセスが進みます。その時、どのような氷ができるかは凍らせるスピードに依存することになります。急速凍結すれば細かな氷がたくさんでき、逆にゆっくりと凍結(緩慢凍結)させれば大きな氷ができるという違いがみられます。なぜかといえば、水が凍り始める際は氷とまだ凍っていない水の混在状態にあり、この状態を短い時間で通過する急速凍結では数多くの氷粒が一気に発生します。一方、緩慢凍結の場合、発生した氷結晶はまだ凍っていない水の中で成長し、さらに氷同士で集まり、より大きな氷粒に成長してしまうのです。

凍結スピードの違いによる食品組織への影響の違い

緩慢凍結の場合は、氷結晶が肥大化し、そのときにその周囲が圧迫され、組織が結合します。食品にもよりますが、解凍した際にドリップが流れ出て、この結合した組織が元に戻らず、組織中に空洞ができてしまいます。このことが食品の食感の悪さに影響するのです。
比較して、急速凍結は氷結晶を小さくすることで、この影響を抑えることができるため、凍結前の元の状態に戻りやすくなります。

食品成分の “結合” が解凍時の品質を左右する

よく食品は急速冷凍させた方がよいと聞きますが、氷の大きさの違いが品質に影響するということでしょうか?

鈴木先生

確かに氷結晶により細胞組織などに物理的なダメージを与えることがあるため、大きな氷になりにくい急速凍結のメリットが従来からいわれてきました。しかし、凍結速度による品質への影響は、私自身の研究でも実はさほど大きくないという結果がみられています。ですから、急速凍結ばかりにこだわるのは世の中の誤解だと感じています。

では、食品の冷凍において何が品質を決めるのでしょうか?

鈴木先生

重要なのは凍った水分以外の食品成分の状態です。冷凍すると成分が濃縮されるという話をしましたが、その成分の中で結合が生じてしまうかどうかが重要な問題になります。成分がくっついてしまうと、解凍した際に、氷が溶けた水分は戻る場所をなくして分離し、いわば“水たまり”ができてしまうのです。一方、結合がなければ成分はほどけて、そこに水分が入り込み、冷凍前と変わらない望ましい状態に復元されます。この結合は凍結時だけでなく冷凍保管している間にも進んでしまいますので、これをいかに抑えるかが重要といえます。

コラム 2水は0℃で凍らない?「過冷却」という現象

純粋な水は0℃になると氷になる。これは皆さんご存知の現象ですね。しかし、0℃になっても氷にならないことがあることを知っていますか? 水の温度をゆっくりと下げていくと0℃以下になり、-10℃、-20℃になっても液体の状態を保ったままのことがあるのです。この現象を「過冷却」といいます。「水が凍るには核が必要」という鈴木先生のお話がありましたが、核ができないまま、水の温度が下がっていくために過冷却が起きるのです。そして過冷却された非常に冷たい水はショックを与えられると急にあちこちで核が生まれ、氷になります。とても興味深い話ですが、この現象は未だに人間がコントロールできないため、思い通りに食品を凍らせるのを阻害する要因の一つにもなっています。