エキスパートに学ぶ 第12回 個別化栄養による健康管理

第12回

個別化栄養による健康管理

一人ひとりの効果的な食べ方を科学する、
「個別化栄養」の取り組み

国立研究法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 ワクチン・アジュバント研究センター センター長

國澤純 先生

善玉菌・悪玉菌、あるいは腸と免疫の関係など、近年「腸」にまつわるキーワードが多く話題となり、腸から健康を促進しようという「腸活」も定着してきました。そこで今回は腸活にもう一歩踏み込む形で、食品と腸内細菌が免疫などの体の働きにどのように寄与しているか、さらに一人ひとりに適した栄養の摂り方を考える「個別化栄養」について、その最先端で研究を行っている國澤純先生にお話を伺いました。

【腸内細菌の働き】
食の効果は人それぞれ、だからこそ自分に合った腸活が大切

はじめに國澤先生が現在取り組まれている研究について、教えていただけますでしょうか。

國澤先生

腸内環境および免疫に関する研究を行っています。腸管は、人の体の側から見れば「消化管」ですが、さらに「免疫」としても重要な臓器です。一方、腸管を外側から見れば「腸内細菌」や「食品成分」が混在する環境となっています。私は、この腸管の中と外の両方の観点から、腸内環境が免疫を介して我々の健康や病気にどのように関わってくるのかという基礎的な研究を進めています。さらに、基礎研究から得られた研究成果を、より早く社会に役立てていくことを念頭に、ワクチンや「アジュバント」と呼ばれる免疫増強剤の開発に繋げたり、新しい栄養指導のシステムを作ったり、あるいは機能性表示食品の開発や創薬に展開するといった研究を行っています。

腸活という言葉が生まれ、健康のキーワードとして注目されています。専門家の立場でこの状況をどうご覧になっていますか?

國澤先生

腸活というコンセプトが出来ることで、体に良いものを食べることの大切さをより多くの方が認識するようになったと感じています。これまで、食と健康というと、メディアがひとつの素材を取り上げるとブームになり、しばらくするとまた別の素材が出てくる、というような感じでした。中には、取り上げられた食品の効果を感じて続ける方もたくさんいらっしゃると思いますが、一方で、テレビやネットを見て試してみたけれど全然効かないという方もいると思います。これは食べ物によって体の調子が変わるということは、皆さんが認めていて腸活をしているけれども、その効果は人によって異なるものだということを示しているわけです。結局は、体に良いものを食べるということになると思いますが、その中で、あなたにとって適した食事は何ですか?ということまでを考えていくことが、これから目指す腸活の方向だと思っています。

食物繊維が効く人、効かない人、その違いは「菌のリレー」にあり

では腸活でもよく取り上げられる水溶性食物繊維や乳酸菌などによる実際の効果について教えてください。

國澤先生

食物繊維というと以前は食べ物のカスといったひどい言われ方をされていましたが、最近では、腸内細菌が食物繊維を消化し「短鎖脂肪酸」をつくり出すことで健康にいい働きをすることがわかってきました。短鎖脂肪酸には様々な働きがありますが、その一つが腸の細胞のエネルギー源となることです。腸は消化・吸収・排泄のために常にウネウネと動いていますが(蠕動運動)、そのエネルギーとして短鎖脂肪酸を使うことで、腸を元気に動かしています。さらに、短鎖脂肪酸には免疫機能を整えたり、脂肪を燃やしやすくしたりする働きがあります。その他にも、短鎖脂肪酸によって酸素が少なく強い酸性の環境になることで、病原菌や悪玉菌が減り、逆に善玉菌を増やすことに繋がります。こういった効果が期待できるため、食物繊維を摂りましょうといわれているのです。ただし、食物繊維を消化して短鎖脂肪酸を作るには、乳酸菌やビフィズス菌だけがあればよいのではなく、他の菌も関わる「菌のリレー」が必要になります。

食物繊維から短鎖脂肪酸が生まれ、様々な健康効果を発揮します

短鎖脂肪酸をつくり出す「菌のリレー」とはどういったことでしょうか?

國澤先生

食事で摂った食物繊維は、そのままで乳酸菌やビフィズス菌が消化できるわけではありません。腸ではいくつかの菌によるリレーが起こり、その結果として短鎖脂肪酸が生まれています。腸に入った食物繊維はまず納豆菌や糖化菌の働きによって分解され、ブドウ糖に変わります。この形になると乳酸菌やビフィズス菌が働いて乳酸や酢酸を生み出すことができます。そこからもう一段階、腸内細菌が作用して短鎖脂肪酸であるプロピオン酸や酪酸が産生されるのです。

國澤先生

よく、「食物繊維を食べると短鎖脂肪酸ができます」と一つの矢印で書いてありますが、実際には様々な菌が関わり、それぞれの役割を果たしながら短鎖脂肪酸を生み出しています。ですから例えば自前のビフィズス菌が少ない人はブドウ糖まではできていてもそこから先に進まない。リレーが成立しないことになってしまいます。

腸内細菌が揃っていないと短鎖脂肪酸へのリレーができない。とすれば誰もが望ましい腸内細菌を持っている必要がありますね。

國澤先生

人それぞれ腸内細菌の状態は違いますから、乳酸菌やビフィズス菌が足りないという人もいるでしょう。そういった場合は足りない菌をヨーグルトなどの発酵食品などで補ってあげれば、リレーが成立するという場合もあります。つまり自分の腸内細菌の状態を知ることができれば適切な食材で補うことが可能になるということです。また、食物繊維はお通じに良いと皆さん思われていますが、逆に便秘がひどくなってしまう方もいる。これも、食物繊維を分解する菌が少ないために食物繊維で便のカサが増す一方で、短鎖脂肪酸が少ないために腸の動きが悪くなり、便秘がさらに悪くなるということが起きていると想像されます。腸活に良いといわれる食品でも、それだけを食べて誰もが同じような効果が得られるわけではないということは知っておくべきでしょう。

コラム 1ポストバイオティクスをご存知ですか?

腸内細菌への関心の高まりとともに、○○バイオティクスという言葉がよく聞かれるようになりました。なかでも「プロバイオティクス」はヨーグルトのCM等でもお馴染みですが、これは乳酸菌やビフィズス菌、納豆菌など私たちの体に良い働きをもたらしてくれる微生物を定義した言葉です。もう一つよく似た単語に「プレバイオティクス」があり、こちらはいわば“菌のエサ”のこと。乳酸菌などのプロバイオティクスが元気に働くための栄養源を指し、私たちが食事で摂るオリゴ糖や食物繊維などが該当します。そして、この“プロ”と“プレ”の2つを一緒に摂ることを「シンバイオティクス」という言葉で言い表します。
さらに最近注目されているキーワードが「ポストバイオティクス」です。乳酸菌やビフィズス菌が体に良いのは、それらの菌が直接体に作用しているのではなく、菌が作り出す代謝物が体に入って健康状態に影響を与えていると考えられます。この代謝物のこと、つまり食品を材料にして菌が作り出す有用な物質がポストバイオティクスです。「1つの菌でも様々なポストバイオティクスを作るので、その種類は膨大な数です」と國澤先生はいい、未だほとんど解明されていないこの分野の今後の研究が期待されています。