エキスパートに学ぶ 第1回 腸の話

第1回

腸の話

「腸内フローラ」ってなんですか?

岡山大学大学院環境生命科学研究科

森田英利 教授

エキスパートに学ぶ、第1回目のテーマは「腸内フローラ」。腸から健康に、腸から美しくなどと取り上げられることも多い、腸内細菌そうのお話です。各種の疾患患者と健康な人、そしてトップアスリートの腸内フローラなどの研究で知られる岡山大学の森田先生にたっぷりとお話を伺いました。

それは1000菌種、40兆の細菌がつくる、
色とりどりのお花畑

「腸内フローラ」とはどのようなものでしょうか?

森田教授

最近、腸内細菌が注目されるようになり、「腸内フローラ」という言葉もよく聞かれるようになってきました。まず、腸内細菌についてですがこれは個人ごとに異なるうえに、実に多種多様なもので、1000菌種、40兆個もあるといわれています。人間の体全体の細胞が約37兆個ですから、お腹の中にどれほど多くの細菌が棲んでいるかがわかります。このたくさんの細菌の集まりを色とりどりの花が咲いたお花畑になぞらえて、「腸内フローラ」(腸内細菌そうともいう)と呼んでいます。

腸内フローラを構成する細菌は、食べ物を分解して宿主側(人間)が吸収できるようにする働きがあることが知られていますが、そればかりでなく、細菌がつくる物質(代謝物)が人間の体に作用したり、細菌が直接腸管を刺激して免疫細胞を生み出したりするなど、その多彩な働きが解明されつつあります。

腸内フローラをつくっている細菌には、どんな種類のものがあるのでしょうか?

森田教授

人ひとりに対して1000菌種にものぼる腸内細菌ですから、菌種によって人間への影響も様々に異なります。この中には、人間に良い影響を及ぼすものも悪い影響を与えるものもあります。前者は、腸内環境のバランスを整える細菌であり、後者は逆にそれを崩してしまう細菌です。しかし、未だにその性質や生体影響が不明な「機能未知の細菌」もたくさんいます。

腸内フローラを構成する細菌

腸内環境のバランスを整える細菌・・・ビフィズス菌、フィーカリバクテリウム属の菌、ラクトバチルス属の菌、クロストリジウム属の菌の一部 など
腸内環境のバランスを崩す細菌・・・属ではなく菌種レベルで生体に対して良くない報告のあるウエルシュ菌 など
機能未知の細菌

どのような状態の腸内フローラがよいのでしょうか?

森田教授

前述した「腸内環境のバランスを整える細菌」が多ければ多いほど望ましいといえるでしょう。運動を心がけ野菜中心の食事をとり、体型もベストな状態で健康そのものという人の腸内フローラを解析したところ、腸内環境を整えるビフィズス菌やフィーカリバクテリウム属の菌だけで60%を占めていた例もあります。これくらいあると非常に良い腸内フローラといえるでしょう。ちなみに出生後の一時期、赤ちゃんの腸内フローラはビフィズス菌が9割にも達しています。

「やせ菌」だけでない、腸内フローラと肥満の密接な関係性

なぜ最近、腸内フローラが注目されるようになったのですか?

森田教授

昔から腸内細菌と健康は密接に関係していると考えられ、先人たちによって連綿と研究成果が積み上げられてきました。ただ問題は、腸内に棲む細菌の多くは培養できなかったため、腸内フローラの全体像が見えていなかったのです。それを一気に解決したのがDNA解析技術の進歩と公的データべースの充実でした。培養できない、つまり死んだ細菌からでもDNAは取り出せるので、腸内細菌全体のDNA配列の網羅的な解析によって、腸内フローラの世界がいかなるものかを把握できるようになったのです。

この飛躍的な解析技術の進歩によって世界中で腸内フローラの研究が進み、健康な人の腸内フローラが調べられたり、各種の疾患にかかっている人に多い細菌や少なくなっている細菌が特定されたりなど、2006年のGordonらのNature誌への報告を契機に新しい知見が次々と発表されるようになってきました。わずかこの10年余の間に劇的に進歩した研究は、今まさに現在進行形であり、健康や医療への腸内フローラからのアプローチが期待され、大きな注目が集まっているのです。

最近「やせ菌」という言葉も耳にしますが、腸内フローラは肥満にも影響するのですか?

森田教授

これまで肥満の原因には、主に食生活(過食)や遺伝的要因が挙げられてきましたが、それらの要因に加わったのが腸内フローラのバランスです。関係しているのは、「ファーミキューテス門(F)」と「バクテロイデーテス門(B)」というそれぞれのグループの細菌の構成比率です。太っている人、正確には肥満度を示す指数(BMI)が高い人ほど、Fが多く、Bが少ない、つまりF/B比率が大きくなる傾向にあると報告されています。その理由の一つに考えられるのは、このBの細菌が作り出す「短鎖脂肪酸」の働きです。短鎖脂肪酸は、細胞が脂肪を吸収するのをブロックする作用があるため、これがあれば太りにくくなり、減ると細胞が太ってしまうわけです。また、Fの構成が多くなると本来は糞便として排泄される食事成分の分解性が向上し生体が吸収可能になる、つまり同じ食事でもその栄養価は高まることを意味しています。

もう一つ、腸内フローラと肥満が関係する話があります。「クリステンセネラ・ミヌータ」という細菌をご存知でしょうか? 最近、これを腸内フローラにもっている人は体型がやせ型になるという論文がCell誌に報告され、話題になっています。一つの菌種の存在が体型に影響するという観点ですが、その菌種の存在がやせ型の腸内フローラを構築するような考察があり、実際に多くの研究者がこの現象を検証しており、この細菌はいわゆる「やせ菌」であるといえそうです。

肥満とともに、腸内環境とお肌との関係も気になります。

森田教授

腸内環境の改善が直接的に美肌効果を及ぼしているかどうかは、今後の研究で明らかになってくると思われますが、少なくとも腸内環境を改善することで全身の新陳代謝が活発になり、それがお肌にも良い影響を与えると考えられます。また、腸内フローラを良い状態に保つことは便通の改善につながりますので、この点からも健康で美しい肌のためには腸内環境に気をつけておく必要があるでしょう。