エキスパートに学ぶ 第16回 日本人と糖尿病

第16回

日本人と糖尿病

高齢化や生活の多様化で変化する
糖尿病への対応

医療法人財団慈生会野村病院常勤顧問
東京慈恵会医科大学名誉教授

宇都宮 一典 先生

【日本の糖尿病の状況】
炭水化物は70%から50%に減少、しかし増えてしまった肥満

日本の糖尿病の状況について教えてください。

宇都宮先生

わが国における糖尿病の患者数はこれまでの増加傾向から、現在約2000万人で頭打ちになったように見えます。増加を辿ってきた背景には、日本人の生活習慣の変容があると考えられます。遺伝的体質と肥満という2つの要因を挙げましたが、このうちの肥満の増加が大きく影響しています。国民健康・栄養調査などのデータを見ますと、この50年くらいでBMI25を超える肥満の方が増えていて、その裏には食生活の変化があると考えられています。昭和30年代から現在までを見てみると、まず総エネルギー摂取量は減ってきています。また、食塩の摂取量も明らかに減っています。三大栄養素の内訳では、昭和30年代に炭水化物の摂取量は総エネルギーの70%でしたが現在は50%くらいに減っています。よく、炭水化物を食べすぎるから糖尿病になるという話がありますが、実は減ってきているのですね。昔はお弁当といえばご飯がぎゅっと詰まっていてそこに梅干し1個の日の丸弁当で、炭水化物ばかり食べていたわけです。ところが当時、糖尿病は少なかった。三大栄養素の摂取状況の変化のなかに肥満の要因があるとしたら、炭水化物では説明ができないのです。たんぱく質は若干増えていますが、それ以上に増加しているのが脂質の摂取量です。これが内臓脂肪型肥満を増やして2型糖尿病の増加につながったのではないかと考えられていて、それを象徴的に表しているのが「沖縄クライシス」と呼ばれる現象です。

糖尿病患者数の状況

たんぱく質と脂質の摂取量推移(1歳以上)

「沖縄クライシス」で見えてくる糖尿病増加の背景

  • 戦前は最長寿県だった沖縄。しかし、現在同県の男性の平均寿命はずっと下位に低迷しています。(2020年の統計で全国43位)この現象が「沖縄クライシス」と呼ばれています。
    その大きな原因として、沖縄県民における食生活の変化が挙げられます。なかでも脂質の摂取量が非常に増え、全国平均をはるかに上回ったことが知られていて、これは米国の統治下で食生活が急速に欧米化したことにより、動物性脂肪の摂取量が増加したためと考えられています。もう一つの変化は、モータリゼーションです。自動車が一気に普及して、身体活動量の低下を招きました。こういった生活の変化により、沖縄県民の肥満率は上昇し、それに伴う心臓血管疾患による死亡率が上昇。結果、平均寿命を下げたのではないかと考えられています。沖縄クライシスは、現代日本の食生活の変化を表す象徴的な現象だといわれます。同様の変化は、日本中の家庭の食卓で大なり小なり起きており、それが内臓脂肪型肥満の増加を招き、2型糖尿病を増やす要因になっているとみられるからです。

BMI25以上の者の割合(20歳以上)の推移

食の欧米化で肥満が増加し糖尿病が増えたとすれば、欧米では糖尿病の有病率が高いのでしょうか?

宇都宮先生

糖尿病の有病率には、差がなくなっているのです。実は、肥満あるいは過体重の状況を比較すると BMI25以上と定義される肥満者は、ヨーロッパやアメリカでは70〜80%に及びます。それに比べて、日本や韓国では20〜30%程度なのです。日本人に肥満者が増えているといっても、欧米ほどではありません。ところが、問題は糖尿病の有病率で、これは欧米と日本では変わらない。これは何故かが大きな問題で、肥満がもたらす糖尿病のリスクには人種差があるのです。アジア人は肥満でなくとも、糖尿病になりやすいと考えられます。実際、欧米人はBMI25を超えると有病率が上がるのに対して、日本人ではBMI22でも体重が1キロ増えれば有病率が高くなっています。これは前述したように、アジア人は欧米人と比較してインスリンを出す力が弱いという遺伝的体質をもっているためと考えられます。BMIが低い状態でも内臓脂肪が多く、脂肪肝になりやすく、インスリン抵抗性をきたして糖尿病を発症すると理解できます。

コラム 1肥満の尺度「BMI」

BMI(ビーエムアイ・Body Mass Index)は国際的な肥満度の指標です。
最も病気にかかりにくい標準体重はBMI22とされ、18.5未満がやせ、25以上が肥満と定義されています。
【BMIの算出方法】
BMIは、体重(kg)÷身長2(m)で求められます。
例えば、体重70kg、身長170cmの人の場合
70÷1.72≒24.2 となります。

コラム 2糖尿病と社会的格差

糖尿病の背景には食生活や運動といった生活習慣の問題に加えて、社会的な問題が影響していると宇都宮先生はいいます。令和4年国民健康・栄養調査において所得の差と生活習慣について調べたところ、所得が200万円未満の世帯では野菜の摂取量が少なく、喫煙率、肥満率は高いという結果が示されていて、そこから、低所得者世帯には糖尿病のリスクが高いと推測されるといいます。「社会的格差が生活習慣に大きな影響を及ぼし、そこにいる子供たちに将来の生活習慣病のリスクが高くなる可能性を考慮すべき」と、日本社会が抱えている社会・経済的格差が糖尿病の要因になっており、それを踏まえて医療政策を立てなければ、実効性のあるものにならないと指摘されています。

【糖尿病治療の現在】
特に注意が必要な高齢者糖尿病のフレイル

糖尿病治療はどのような基本的考え方で取り組まれているのでしょうか?

宇都宮先生

血糖が高くても、多くは自覚症状がありません。それでも、早期の発見と治療が必要とされているのは、高血糖が血管を障害する大きな要因となり、さまざまな合併症を引き起こすためです。特にいま問題になっているのが糖尿病性腎症で、日本では透析患者さんの第一の原因が腎症の進行によるものです。また、心臓の冠動脈の硬化による狭心症や心筋梗塞が増加していますが、このバックにも糖尿病があります。脳の病気では、脳梗塞をきたすばかりでなく、認知症のリスクを高めることが注目されています。このように、糖尿病はさまざまな血管合併症を自覚症状のない期間に起こしますので、早く高血糖を改善して、血管を守ることが必要です。
また、肥満に伴って、中性脂肪やコレステロール、血圧が高くなることが多いので、脂質異常症、高血圧症をトータルに管理していくことが、血管の障害を防ぐために大切な意味をもっています。それらがうまくできれば、糖尿病自体は痛くも痒くもないもので、90歳を超えて天寿を全うできるでしょう。ただ、いま問題になっているのが増加する高齢者の糖尿病にどう対処していくかということなのです。

糖尿病における血管合併症の成り立ちと治療

高齢者の糖尿病はどのくらい増えているのでしょうか?

宇都宮先生

日本の糖尿病患者数は2000万人で頭打ちだと言いましたが、年齢構成は大きく変化していて、高齢者の糖尿病が増えています。いま、日本の糖尿病人口の70%が、高齢者糖尿病で占められています。高齢者糖尿病の管理には、血管障害だけでなく、高齢者が抱える問題を見据えて、多角的な視点からアプローチする必要があります。

具体的に高齢者糖尿病で問題となっているのはどのようなことでしょうか?

宇都宮先生

高齢者糖尿病の特徴は「やせ」です。糖尿病と肥満は密接な関係があるとお話ししてきましたが、日本人の肥満者の割合は30〜50代くらいの働き盛りの方に多く、70歳を超えてくるとBMI20を切るようなやせが増えてきます。やせていることが問題なのは、それによって要介護状態に進行しやすい心身が衰えた状態「フレイル」に陥りやすくなるためです。
今、糖尿病とフレイルとの関係が注目されています。日本人高齢者の調査では、糖尿病の患者さんがフレイルになった場合、糖尿病でない方に比べて介護状態になるリスク、ならびに死亡に至るリスクが圧倒的に高くなってしまうという結果が示されています。糖尿病では、サルコペニアをきたしやすいと考えられています。フレイル予防には、しっかり食べてもらい、良好な栄養状態を維持することが大切になってくるのです。
一方、問題となっているのは、BMI25を超えるような肥満状態でも筋肉は落ちている、つまり筋肉が脂肪で置換されている状態です。これをサルコペニア肥満と呼んでいます。一般的なやせのサルコペニア※よりも明らかに死亡率や要介護率が高くなっていることが判っています。サルコペニア肥満にどうアプローチするかが、論議されています。一見太っているためにやせなさいと指導されがちですが、それよりも必要なのは運動です。ただし、高齢で運動系の疾患も多い世代の方にどのような運動療法を薦めるか、それが現在の課題になっています。
※サルコペニア:筋肉量の減少に伴って筋力や身体機能が低下している状態

高齢者の糖尿病では認知症との関わりが気になります

宇都宮先生

糖尿病は、認知症の明らかなリスクです。糖尿病に併存する認知症では、血管障害による血管性のものに加え、アルツハイマー型認知症のリスクが増大することが示されています。そのメカニズムは解明されておらず、国際的に研究が進んでいます。